読んでも楽しくないやつ

ACやめたい主婦の自分語り

子供をやり直したい

完全に正しい愛と呼べるものが果たしてあるのかはさておき、歪んだ愛を教わって育ったことは間違いない

だから人の愛情をうまく受け取れない

愛情をもらっても気づけない

棘だらけの愛情を善意のつもりで投げつけてしまう


教わっていないのに教える側に立てる気がしないからまずはたくさん知りたいけど、身体的、社会的な寿命はどうしてもつきまとう

怖いけどしかたないね

死ぬまでに何ができるだろう

イメージの中の普通の人生を送りたいな

でもそれってまだ本当の欲じゃないのかも

まず人と比べるのをやめたい

私は何がしたくて何が幸せなんだろ

ああ まんま某あんぱんヒーローの歌じゃないか

でも愛は探してる途中だし勇気はあんまり仲良くしてくれないなあ

いつだって次の瞬間死ぬ可能性もあることを忘れて全力で生きたいな

愛と幸せは人生のテーマ


何かを残したい気持ちはずっとある

飲み込みまくった言葉や感情をとにかく出したいし無駄にしたくない焦燥感

子供然り、作品然り、記憶然り

作るのは大好き

絵も描くし曲も作るし工作もデザインも好き

なんならこのブログもポエム感覚な時あるわ 恥ずかし


ところで最近よく思い出すエピソード

私が絵を描くと親に気持ち悪い恥ずかしいとよく言われた

聞く音楽も暗いダサいレベル低いと馬鹿にされた

デッサンとか油絵とか、なんかすごいっぽいことだけ褒められた たぶん恥ずかしくないから

今思うとちょっとひどいなあ 自由にやれてたらちょっといいセン行ってたのではとかありもしないけど考えちゃう

学生の頃、習い事も学校もそれなりに気になるものはあったけどなんとなく見て見ぬ振りをした

今でも遅くないことはたくさんあるけど、子供の間にも色々したかったな

悩み

みんな悩みとか不安ってどうやって消化してるんだろう


夫は聞いてくれない

友達には言いたくない

親兄弟はいないも同然

田舎だから相談できる場所もない

病院とかは当たり外れ激しいしお金も時間もないや


自分がもう1人いたら親身になって聞いてあげられると思う

聞き上手とは言われるし

でもそれってたぶん聞き上手っていうよりAC特有の空気読みと無駄レベルの気づかいが発揮されてるだけだよねー残念ながら

人の悩みで数日寝込みそうなくらい共感しちゃうしめっちゃ消耗する

これは持って生まれたものだと思ってたけど、実は脳のくせの問題な気がするから訓練してなおせるのかも


疲れるなあ毎日 仕事辞めて誰かにひたすら自分語りして自分を全部理解してほしい

こんなこと思っちゃうのも駄目ね

って普段は否定してるけどかなり強い願望


私は欲が強いから悩みが多いんだろね

死にたい気持ちもあるけど何がなんでも生きてやるって欲も強い

人生諦めてるけど絶対幸せになってやるとも思ってる

作られた性格と本能が戦ってるのかな

どっちも本心だけど最近は後者が勝ち気味

これは良い兆候だと思いたい

じゃあ悩むことも良いことなのかな

悩みすぎて余計に体調崩すし不安で死にそうだけど

その不安も体調悪いしヤバい病気だったらどうしよう死にたくない とかだし訳わかんないや

無限ループ

あと夫婦仲ボロボロだけど行くあても蓄えもないし体調悪くて自立もできる気がしないとか

子ども絶対欲しいけどこんな自分のままじゃ親になれないから年齢的に焦りまくりとか

うーん実際自分でどうにかしなきゃってあんまり思えてないかも なんか他人事

書き出してみると私はものすごく自己中なんだな

人には言わないけど思ってしまうのは止められないなあ…

くせ

何事も加害者を庇うような思考がうまれてしまうのはAC的な癖なのだろうか

それとも自分もいつかやるかもしれないという思いがそうさせているのか

そりゃあもちろん被害者が一番に庇われるべきで、それは揺るぎない

ただ、加害者もまた被害者かもしれないと考えてしまう


自分の親をすんなりと許せるわけではない

しかし歪んだ家庭を作り出した親もまた歪んだ環境で育ったのだろう

だからあまり期待しないでおこう


期待して裏切られるのが怖いから、昔の私は何も欲しがらない子供だったのかもしれない

それになんでも笑ってごまかす子供でもあった

泣くとか傷つくとかっていうものをなくしていた

今あんな家に放り込まれたら毎晩泣くかキレるかしそうだ

子供の私には麻痺して防御するしかできなかったんだね

人に話したら厨二病って言われそうだけど、私だけはわかってあげよう


世の中に真っ直ぐなものがどれだけあるのかもわからない

みんなある意味被害者だ

私より辛い人なんて山ほどいる


それでも辛い時は辛いと言っていいらしい

だって辛いものは辛いし嫌なものは嫌だ

やっと辛いとか嫌とかって思えるようになれたんだ、図太く生きてやる

感情の次は幸せな人生をとり戻してやる


なんで私は楽しい気持ちになっちゃいけなかったんだ

どうせいつか死ぬんだからいいんだよ

後ろめたいけどみんなそのうち死ぬから平気


昔の恋人に「生きるのに必死な所が好き」だと言われたことがある

その人はとても優しかったから恐ろしくなって逃げてしまった

なんだろう、自然と不幸を望んでしまったり色々ぶち壊しにしてしまったりする

でも死にたいで頭がいっぱいだった時の私は、「そんな状態にも関わらず必死で生きてる人」にも見えてたんだな


相変わらずめちゃめちゃな文章

そりゃそうか

ダブスタまみれの教育を受けたら考えもフラフラするさ

なーんて人のせいにするようになってきちゃったけどこれは良いのか悪いのか


本当はなんでも中庸が一番なんだろね

そこまではまだ辿り着けてない

ネットはともだち

中学生くらいから、何かがおかしいとずっと感じていた。その頃はうつ病がようやく一般的に語られるようになった時代だったように思う。

精神病=うつだと思っている人もいたかもしれない。そんな時代。といってもそんなに昔でもない。

 

とにかくよくわからない何かの正体を求めてインターネットで色々調べることが増えた。

うつ、躁うつ、統合失調症、どれも当てはまるような違うような気がして、自分はなんなのかと悩んでいた。

 

自分はまだ学生だから大したストレスなんてないはずだし、テレビで見るようなネグレクトや身体的虐待もほとんど受けていない。

みんな大変な世の中で私なんかが辛いはずがない。

そう思っていたから、辛いのは自分の心が弱くてわがままなだけだと思い至り落ち込んだ。

 

子供にとって世界は家庭と学校。

我が家は親戚付き合いもご近所付き合いもほとんどない家で、親の言うことは全て正しいのだと当然のように思っていた。

 

私は幸せなんだと何度も言われた。ポリアンナの真似をして、いつも幸せ探しをしていた。

屋根がある幸せ。

ご飯が食べられる幸せ。

布団がある幸せ。

今日を乗り切れた幸せ。

私はなんて幸せなんでしょ。

 

 

幸せで健康で健全な自分がうつ病かもしれないだなんて考えるのもおこがましい。気のせいだ。

そう思いながらも、体調がどんどん悪くなっていった。

貧血や過呼吸、頭痛吐き気腹痛がいつもどれかしらあった。思春期にはよくあることだと納得した。体調が悪いと親に言うと怒られるので黙っていた。

髪を抜くくせがひどくなった。部屋を汚すなと怒られて申し訳なかった。

爪を噛むくせも恥ずかしかったがやめられなかった。

 

常識も自分の気持ちもわからないことだらけだった私は、なんでも本やインターネットで調べるようになった。

辛いときに知識をくれて寄り添ってくれたのはネットくらいだ。死にたいときは死にたいと検索して自分の気持ちを探したりした。

 

機能不全家族アダルトチルドレン心理的虐待などの言葉はそうした中で知った言葉だ。

抜毛癖や爪噛みが自傷の一種だというを知ったのはもう少し後のこと。アムカがやめられなくなり自傷行為について調べた時のことだったと思う。

 

子供のSOSを親が責めなかったら、誰か気づいてくれたら、少しは何か違ったかな?

今更仕方ないことだが、せめてあの時にちょっとでも変化があったら、今腕に残る汚い傷跡はなかったかもしれないと思ってしまう。

 

まあ知らないことはしかたないか。

でも理解する努力を怠るのは罪だ。辛いことにも向き合おうとしない限り負のループからは抜け出せない。

 

ただ、一人で向き合うということは想像以上に苦しみを伴う。

もし誰かが少し手をひいてくれたなら、もっと上手に抜け出せていたかもしれないな、とは思ってしまうこともある。

いや、ひどく依存して悪化していた可能性もあるか。人のせいにして申し訳なかったね。

昔から特技は自問自答、自己弁護、自己完結だ。どうせ誰も私の話には興味ないから。産んだ親さえ。

 

大人になって考える。私のような子供が自分の近くにいたらどう感じるか。何ができるか。

今の私ではまだうまく手を差し伸べる自信がない。でも、子供が子供としての最低限の権利を全うできる世の中になってほしい

ちらうら

にこにこ話聞くのは自分がそうしてほしいから

思いやりじゃない 本当は同じように聞いてくれることを期待してるだけ


色んな人が辛かったことや家族のこと、自分は色々大変な経験してるんだぞってことを私に話してくる

私はよく何もない人に見られるみたい

人生それなりに色々あったんだけどな


父は離婚して10年会わないまま死んじゃいました

会話なんて記憶にないです

父は仕事なんてしてませんでしたよ

遺産放棄めんどくさかったです

憎いけど一度くらいは会いたかったです

生命保険にもはいれてなかったかわいそうなひと


秘密にされてたけど実は私兄弟がいるんですって

しかもテレビに出てるの見たんです

うちテレビないのにたまたま

ね、うけるでしょ


母は他に相手ができて遠くに引っ越してます

ご実家は?ってどこなんでしょう

私もよくわからないです

おうちに帰りたい


仕事は病気しまくって辞めました

せっかくなれた公務員辞めちゃいました

セクハラ当たり前でした

私には無理でした


腕は傷だらけです

ODもしてました

引きニートでした

いじめられてました

限界って何度も思ってます

生きてるの嫌です

でも生きていたいです

へらへら笑うの疲れます

そんなにツボ浅いわけないじゃない

演技なんてしてないですよっていう演技してます


言えるわけないや

現実もそれなりに奇なり

もっと明るいこと話さなきゃね

なんだろね 難しいなあ


下書きがたまっていく 好き勝手書きたいけど限度があるものね

頼むから特定しないでね

もし見つけちゃっても誰にも言わないでね

強迫性障害の脳内

色々なストレスにより強迫性障害の確認強迫がひどかったころの話

私自身このような経験談に引っ張られたことがあるので、現在進行形で悩んでいらっしゃる方は特に見ないでください。

どのような感覚か興味がある方、自分は絶対に大丈夫という方だけお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

ある日突然仕事に行けなくなった。

心臓がドクンと強く鳴り、血の気が引いていく感覚。最初は鍵やガスの元栓に違和感を覚える程度だったが、どんどんエスカレートしていった。

玄関の鍵もガスコンロも元栓もコンセントもペットボトルも、全てに納得がいくまで家を出られない。ずっと焦燥感や恐怖が頭を支配していた。特に火事と家や物が壊れることが怖かった。

 

 まず、ペットボトルなどの液体が入っている容器は、もし何かの原因で漏れても大丈夫な所にしか置けなかった。基本的に大切なものは小さなテーブルの上にまとめ、テーブルの下に液体をまとめる。化粧水、画材、飲み物等。もちろん床置きだ。液体はとにかく一番下になければいけない。

 

コンセントは刺さっていなくても自然発火が恐ろしかった。毎日冷蔵庫以外のプラグを抜き、シンクなどの角を使って床につかないように浮かせないといけなかった。そうすると浮かせてぶら下がったコードの長さの比率が気になった。比率がおかしいと燃えるかもしれない。微調整を重ねた。

 

コンロは何度も回して閉まっていることを確認した。その後五徳周りを何度も手で触り、冷えているか確認する。何度も触ると手の温度がうつって温まっていくので、また時間を開けて再度確認した。

元栓も何度も締め直した。捻りすぎると逆に駄目な気がした。ぴたりとくるまでやり直す。やり過ぎで壊れることに怯えながらやめられなかった。最後に指さし確認をして、声に出して大丈夫、とかOK、なんて言ってみる。その言葉は毎日新しいものでなければいけなかった。

最終的に携帯で写真を撮ったり、一緒に確認してくれる子供達を妄想したりするようになった。確認のための儀式は思いついただけ増えていって余計に自分を苦しめた。安心を買うために不安を作り出していた可能性もある。

 

最後の難関は玄関の鍵。ガチャリという音がする。その衝撃で元栓が開いた気がする。頭の中で家がメラメラと燃える。その悪い考えを振り切りドアをガチャガチャと鳴らして鍵がかかったことを確認する。駄目だ。たぶん今の音でコンロに火がついてしまった。慌てて鍵を開け家に戻る。

靴を履いたり脱いだりしたら、空気の振動で何か起こってしまう。土足でコンロに向かいまた確認する。コンロ、元栓、コンロ、元栓…。玄関とコンロの間の床に足跡がつく。

 

あ、コードの角度が嫌だ。ペットボトルの蓋も閉めすぎて爆発するかもしれない。スプレー缶も程よい広さの場所に間を開けて並べなくちゃ……全てやり直し。

 

最難関の玄関の鍵は閉まっているかわからず何度もガチャガチャして鍵を開け閉めしての繰り返し。どうにか駐車場まで行けても、すぐ不安になり階段を駆け上っていた。近所の人に監視を頼もうとまで考えた。ずっと家にいてくれる人を雇いたいくらいだった。

 

色々とおかしいのはわかっている。書いていて馬鹿みたいだ。でも異常な不安に駆られ泣きそうになりながら全てを完璧にするしかないのだ。ヘトヘトになっても完璧にならない。今日も時間通りに仕事に行けない。そんな日が続いてしまった。

 

仕方なく病院に行った。事前に調べて予想していた通り、強迫性障害と診断され抗うつ剤を出された。

その薬を飲みはじめてから、余計に感情の起伏が激しくなり自分でも訳がわからなくなった。

 

希死念慮が止まらなかった。頭が勝手に死ね、死ねと命令してくる。自傷癖は悪化し、力が入らず箸も持てなくなったりして、毎夜悪夢を見て、金縛りに苦しんだ。

その後色々な薬を試したが悪化する一方に感じた。

 

ひどい睡眠障害は一番ダイレクトに心身を蝕んだ。平均睡眠時間はひどい時期では1〜2時間になっていた。まったく眠れない日も多々あった。

おそらく仕事中にたまに気絶していたと思う。あまり覚えていない。意識が飛んでドアにぶつかり流血したことと廊下で倒れたことは覚えている。

「やりたいようにやれば」

主人はあまり理解がある方ではないが、それでも感謝している。

一人暮らしをやめて強迫が軽減したし、辛い時に突き放す相手だから気づけたこともある。

彼の言った言葉で人生が変わるほど衝撃的だったものがあった。

「自分のやりたいようにやればいいじゃん。」

流れや細かい部分はあまり覚えていないが、要するに〝自分が楽しいと思うことを勝手にやっていい。みんなそうしてる〟ということだった。

 

これには驚いた。楽しいことって堂々とやっていいんだ!

喧嘩の最中の言葉で、彼からすればなんでそんなこともできないのか、というニュアンスだった。実は当たり前のことなのかもしれない。知らなかった。

楽しむことは申し訳ないことではないのか。

 

その日からさっそく楽しむ事の優先度をあげた。しかし、楽しいことがわからない。私は何が好きなのか。何がしたいのか。今どう感じているのか。

よく負の感情で頭がいっぱいになる自分。もしかしたら負の行動ばかりしてきたのかもしれない。楽しいことを知り余裕のある人になりたい。

 

私の趣味は絵、ハンドメイド、音楽。

何も考えずに済むから好きではあるが、どれをやっても、心のどこかに恥ずかしさや罪悪感、劣等感がある。

 

両親はどちらも私をよく見下し笑っていた。下手くそ、気持ち悪い、恥ずかしい、自分の方がすごい、もっと上がいる。

親が小さい子供より大抵のことをうまくこなせるのは当然だ。でも子供にそんなことはわからない。何もできないのに生きていて申し訳ないな、別に死んでもいいんだけどな、と漠然と考えていた。

今思えばおかしいことだらけの我が家だったが、子供は教わらなければ当たり前すらわからない。親の義務とはなんなのか。正しい教育とはなんなのか。なぜ勝手に産んで産んでやったのにと言われなければいけないのか。誰も頼んでねーよ!なんて返しをよく見るがまったくその通りだ。親が作るから産むから子ができるのだ。

 

ここでは淡々と出来事を書くつもりでいるけどどうしても感情的になっちゃうな。