読んでも楽しくないやつ

ACやめたい主婦の自分語り

生活が成り立ってないけど見て見ぬ振りをして、どうしようもなくなったら思考を止めてリセットして、まだどうにもなってない日々を続けている

こんな私が自分一人で考えても抜け出せないのはわかってるけど、今までまともに誰かに相談した事もないから賢いやり方がわからない

そうやってだらだら引き延ばしているうちに弱音を吐けない歳になってしまった

不幸で不都合な毎日が当たり前すぎて、逆に抜け出したくない

幸せな日は恐ろしい

よくわからない

麻痺したままぼやけた世界を見ている

このままじゃ幸せになれない気がするけど動く気力がわかない

昔よりマシ、あの家よりマシ、って思うとちょっとの不幸は幸せみたいなもの

どこかで期待している本当の幸せには遠く及ばないけど仕方ないかな

私の想像する幸せも常識から外れてるのかもしれないし

体はボロボロだけど好きなもの食べられるし干渉されないしもういっかな

考えるの疲れるよね

自分に反対意見ぶつける癖本当疲れる

調子のいい日が続いてると思ってたけどやっぱり根が深いものだな

経験しなければこの感覚はファンタジーのようなものなんだろう 言語が違うような感覚だ

これはきっと一生付き合う毒だ 

寿命だって縮めているであろう嫌ーな毒


人生を諦めがち、でもあわよくば生きたい

昔の見てられない幼い自分の幸せの取り分を今の私が取り返してやりたい

本当はよくわからない

ただ理由を見つけて生きてる

いつだってごめんなさいって思ってる

ごめんなさいばっかりで面倒臭くてごめんねとも


育児、教育は強めの洗脳だと常々思っている

子供は吸収が速いとよく言うけれどその通り

親の繰り返す呪詛はズドンとストレートに思考回路のど真ん中を陣取る

スポンジに一番最初に染み込んだものはギリギリまで握り潰さないと絞り出せない

比較対象を知らなければ、今いる場所が狂っていても気づくことさえできない

麻痺した心じゃ辛い気持ちも自覚できない

仕方ない 仕方なかった

レベル1でいきなり強敵と遭ってもまあ思考停止しちゃうよねーそんなもんよね


しばらくここを離れていたけど、結構前に書いた下書きが色々残ってる

変わってないなあ 疲れたな

人より動いてないだろうに

昔はあんなに働けたのに

すぐ疲れる その度にまた罪悪感

笑ってみるけど涙も出ちゃう

だって女の子だもん

って年でもなくなってしまった

はーやだやだ

どうしよう 怖い ああはなりたくない

子供をやり直したい

完全に正しい愛と呼べるものが果たしてあるのかはさておき、歪んだ愛を教わって育ったことは間違いない

だから人の愛情をうまく受け取れない

愛情をもらっても気づけない

棘だらけの愛情を善意のつもりで投げつけてしまう


教わっていないのに教える側に立てる気がしないからまずはたくさん知りたいけど、身体的、社会的な寿命はどうしてもつきまとう

怖いけどしかたないね

死ぬまでに何ができるだろう

イメージの中の普通の人生を送りたいな

でもそれってまだ本当の欲じゃないのかも

まず人と比べるのをやめたい

私は何がしたくて何が幸せなんだろ

ああ まんま某あんぱんヒーローの歌じゃないか

でも愛は探してる途中だし勇気はあんまり仲良くしてくれないなあ

いつだって次の瞬間死ぬ可能性もあることを忘れて全力で生きたいな

愛と幸せは人生のテーマ


何かを残したい気持ちはずっとある

飲み込みまくった言葉や感情をとにかく出したいし無駄にしたくない焦燥感

子供然り、作品然り、記憶然り

作るのは大好き

絵も描くし曲も作るし工作もデザインも好き

なんならこのブログもポエム感覚な時あるわ 恥ずかし


ところで最近よく思い出すエピソード

私が絵を描くと親に気持ち悪い恥ずかしいとよく言われた

聞く音楽も暗いダサいレベル低いと馬鹿にされた

デッサンとか油絵とか、なんかすごいっぽいことだけ褒められた たぶん恥ずかしくないから

今思うとちょっとひどいなあ 自由にやれてたらちょっといいセン行ってたのではとかありもしないけど考えちゃう

学生の頃、習い事も学校もそれなりに気になるものはあったけどなんとなく見て見ぬ振りをした

今でも遅くないことはたくさんあるけど、子供の間にも色々したかったな

悩み

みんな悩みとか不安ってどうやって消化してるんだろう


夫は聞いてくれない

友達には言いたくない

親兄弟はいないも同然

田舎だから相談できる場所もない

病院とかは当たり外れ激しいしお金も時間もないや


自分がもう1人いたら親身になって聞いてあげられると思う

聞き上手とは言われるし

でもそれってたぶん聞き上手っていうよりAC特有の空気読みと無駄レベルの気づかいが発揮されてるだけだよねー残念ながら

人の悩みで数日寝込みそうなくらい共感しちゃうしめっちゃ消耗する

これは持って生まれたものだと思ってたけど、実は脳のくせの問題な気がするから訓練してなおせるのかも


疲れるなあ毎日 仕事辞めて誰かにひたすら自分語りして自分を全部理解してほしい

こんなこと思っちゃうのも駄目ね

って普段は否定してるけどかなり強い願望


私は欲が強いから悩みが多いんだろね

死にたい気持ちもあるけど何がなんでも生きてやるって欲も強い

人生諦めてるけど絶対幸せになってやるとも思ってる

作られた性格と本能が戦ってるのかな

どっちも本心だけど最近は後者が勝ち気味

これは良い兆候だと思いたい

じゃあ悩むことも良いことなのかな

悩みすぎて余計に体調崩すし不安で死にそうだけど

その不安も体調悪いしヤバい病気だったらどうしよう死にたくない とかだし訳わかんないや

無限ループ

あと夫婦仲ボロボロだけど行くあても蓄えもないし体調悪くて自立もできる気がしないとか

子ども絶対欲しいけどこんな自分のままじゃ親になれないから年齢的に焦りまくりとか

うーん実際自分でどうにかしなきゃってあんまり思えてないかも なんか他人事

書き出してみると私はものすごく自己中なんだな

人には言わないけど思ってしまうのは止められないなあ…

くせ

何事も加害者を庇うような思考がうまれてしまうのはAC的な癖なのだろうか

それとも自分もいつかやるかもしれないという思いがそうさせているのか

そりゃあもちろん被害者が一番に庇われるべきで、それは揺るぎない

ただ、加害者もまた被害者かもしれないと考えてしまう


自分の親をすんなりと許せるわけではない

しかし歪んだ家庭を作り出した親もまた歪んだ環境で育ったのだろう

だからあまり期待しないでおこう


期待して裏切られるのが怖いから、昔の私は何も欲しがらない子供だったのかもしれない

それになんでも笑ってごまかす子供でもあった

泣くとか傷つくとかっていうものをなくしていた

今あんな家に放り込まれたら毎晩泣くかキレるかしそうだ

子供の私には麻痺して防御するしかできなかったんだね

人に話したら厨二病って言われそうだけど、私だけはわかってあげよう


世の中に真っ直ぐなものがどれだけあるのかもわからない

みんなある意味被害者だ

私より辛い人なんて山ほどいる


それでも辛い時は辛いと言っていいらしい

だって辛いものは辛いし嫌なものは嫌だ

やっと辛いとか嫌とかって思えるようになれたんだ、図太く生きてやる

感情の次は幸せな人生をとり戻してやる


なんで私は楽しい気持ちになっちゃいけなかったんだ

どうせいつか死ぬんだからいいんだよ

後ろめたいけどみんなそのうち死ぬから平気


昔の恋人に「生きるのに必死な所が好き」だと言われたことがある

その人はとても優しかったから恐ろしくなって逃げてしまった

なんだろう、自然と不幸を望んでしまったり色々ぶち壊しにしてしまったりする

でも死にたいで頭がいっぱいだった時の私は、「そんな状態にも関わらず必死で生きてる人」にも見えてたんだな


相変わらずめちゃめちゃな文章

そりゃそうか

ダブスタまみれの教育を受けたら考えもフラフラするさ

なーんて人のせいにするようになってきちゃったけどこれは良いのか悪いのか


本当はなんでも中庸が一番なんだろね

そこまではまだ辿り着けてない

ネットはともだち

中学生くらいから、何かがおかしいとずっと感じていた。その頃はうつ病がようやく一般的に語られるようになった時代だったように思う。

精神病=うつだと思っている人もいたかもしれない。そんな時代。といってもそんなに昔でもない。

 

とにかくよくわからない何かの正体を求めてインターネットで色々調べることが増えた。

うつ、躁うつ、統合失調症、どれも当てはまるような違うような気がして、自分はなんなのかと悩んでいた。

 

自分はまだ学生だから大したストレスなんてないはずだし、テレビで見るようなネグレクトや身体的虐待もほとんど受けていない。

みんな大変な世の中で私なんかが辛いはずがない。

そう思っていたから、辛いのは自分の心が弱くてわがままなだけだと思い至り落ち込んだ。

 

子供にとって世界は家庭と学校。

我が家は親戚付き合いもご近所付き合いもほとんどない家で、親の言うことは全て正しいのだと当然のように思っていた。

 

私は幸せなんだと何度も言われた。ポリアンナの真似をして、いつも幸せ探しをしていた。

屋根がある幸せ。

ご飯が食べられる幸せ。

布団がある幸せ。

今日を乗り切れた幸せ。

私はなんて幸せなんでしょ。

 

 

幸せで健康で健全な自分がうつ病かもしれないだなんて考えるのもおこがましい。気のせいだ。

そう思いながらも、体調がどんどん悪くなっていった。

貧血や過呼吸、頭痛吐き気腹痛がいつもどれかしらあった。思春期にはよくあることだと納得した。体調が悪いと親に言うと怒られるので黙っていた。

髪を抜くくせがひどくなった。部屋を汚すなと怒られて申し訳なかった。

爪を噛むくせも恥ずかしかったがやめられなかった。

 

常識も自分の気持ちもわからないことだらけだった私は、なんでも本やインターネットで調べるようになった。

辛いときに知識をくれて寄り添ってくれたのはネットくらいだ。死にたいときは死にたいと検索して自分の気持ちを探したりした。

 

機能不全家族アダルトチルドレン心理的虐待などの言葉はそうした中で知った言葉だ。

抜毛癖や爪噛みが自傷の一種だというを知ったのはもう少し後のこと。アムカがやめられなくなり自傷行為について調べた時のことだったと思う。

 

子供のSOSを親が責めなかったら、誰か気づいてくれたら、少しは何か違ったかな?

今更仕方ないことだが、せめてあの時にちょっとでも変化があったら、今腕に残る汚い傷跡はなかったかもしれないと思ってしまう。

 

まあ知らないことはしかたないか。

でも理解する努力を怠るのは罪だ。辛いことにも向き合おうとしない限り負のループからは抜け出せない。

 

ただ、一人で向き合うということは想像以上に苦しみを伴う。

もし誰かが少し手をひいてくれたなら、もっと上手に抜け出せていたかもしれないな、とは思ってしまうこともある。

いや、ひどく依存して悪化していた可能性もあるか。人のせいにして申し訳なかったね。

昔から特技は自問自答、自己弁護、自己完結だ。どうせ誰も私の話には興味ないから。産んだ親さえ。

 

大人になって考える。私のような子供が自分の近くにいたらどう感じるか。何ができるか。

今の私ではまだうまく手を差し伸べる自信がない。でも、子供が子供としての最低限の権利を全うできる世の中になってほしい

ちらうら

にこにこ話聞くのは自分がそうしてほしいから

思いやりじゃない 本当は同じように聞いてくれることを期待してるだけ


色んな人が辛かったことや家族のこと、自分は色々大変な経験してるんだぞってことを私に話してくる

私はよく何もない人に見られるみたい

人生それなりに色々あったんだけどな


父は離婚して10年会わないまま死んじゃいました

会話なんて記憶にないです

父は仕事なんてしてませんでしたよ

遺産放棄めんどくさかったです

憎いけど一度くらいは会いたかったです

生命保険にもはいれてなかったかわいそうなひと


秘密にされてたけど実は私兄弟がいるんですって

しかもテレビに出てるの見たんです

うちテレビないのにたまたま

ね、うけるでしょ


母は他に相手ができて遠くに引っ越してます

ご実家は?ってどこなんでしょう

私もよくわからないです

おうちに帰りたい


仕事は病気しまくって辞めました

せっかくなれた公務員辞めちゃいました

セクハラ当たり前でした

私には無理でした


腕は傷だらけです

ODもしてました

引きニートでした

いじめられてました

限界って何度も思ってます

生きてるの嫌です

でも生きていたいです

へらへら笑うの疲れます

そんなにツボ浅いわけないじゃない

演技なんてしてないですよっていう演技してます


言えるわけないや

現実もそれなりに奇なり

もっと明るいこと話さなきゃね

なんだろね 難しいなあ


下書きがたまっていく 好き勝手書きたいけど限度があるものね

頼むから特定しないでね

もし見つけちゃっても誰にも言わないでね